特別連載 日本語教科書活用講座⑮ /ニホンゴをニホンゴだけで教える = 「直接法」で「導入」する ②「~ことができます」を、「ニホンゴだけで」導入する

まずは、前回の宿題の答えから。

宿題1:導入に際し、提示する最初の文は、②「~ことができません」にする。

え! 最初の提示文だから、やっぱり「~ことができます」なんじゃないの?

———はい。多くの場合、導入時に最初に示すのは、肯定の文ですね。例えば、「行きます」を導入するときは、やはり「行きます」という形からであって、わざわざ「行きません」から入るなんてややこしいことは、しないですよね。

平易・単純なもの(「行きます」)から始め、徐々に難解・複雑なもの(「行きません」)へと進めていくというのは、授業の基本。では、なぜ今回の「できます」は、「できます」という形から導入するのではなく「できません」からなのか。

話を分かりやすくするために、ここで少し寄り道をします。直接法で導入する場合の代表的なやり方の一つに、学習者が、ターゲットとなっている項目=表現を、使わざるを得ない状況に追い込む、というのがあります。

例えば、「~とき」の導入で見てみましょう。

教 師: いつ映画を見ましたか。

学習者: 先週見ました。

教 師: いつ日本に来ましたか。

学習者: 3か月前に来ました。

教 師: いつ絵本をたくさん読みましたか。*1

学習者
<心の声:、、、エーット、絵本ッテ、、、読ンダノハ、子ドモノトキダカラ、、、イヤ、「子ドモノトキ」ッテ、何テ言ウンダ? ニホンゴデ、、、 ウーン、ドウシヨウ、、、ソウダ、30年グライ前ッテイウコトデ、、>

30年ぐらい前に読みました。

教 師: 30年ぐらい? 、、、31年前?32年前?、、29年前? 、、、〇〇さんは子どもでしたね。〇〇さんは、子ども、、、

学習者
<心の声:ン? ヤッパリ「子ドモノトキ」ッテ言ワセタイノカ? デモ、「子ドモノトキ」ッテイウ言イ方、マダ習ッテナイジャン、、、エエイ!>

いつ、子ども、にい?絵本を読みましたぁ、、、

<ウーン、違ウ気ガ、、、>*2

教 師: 子どものとき、絵本を読みました。

学習者: コ、子どもノトキ、絵本を読みました。

<ハハァ、ソウ言ウンダ!>

*1から*2までのやりとりで、教師は学習者に、「~とき」ということを心の中でいわざるを得ない状況に追い込みます。
学習者が心の中で「~とき」と言うまでは、教師の側からは決して「~とき」を使ってはいけません。学習者自らが文脈から類推し、答えを見つけるのを待ち、心の中で叫んだな、と見なした瞬間に、初めて教師が「~とき」の表現をかぶせる ——— こういったプロセスが、前回お話しした、学習者の類推を促し、能動的に学習にかかわる機会を提供することになる、というわけです。

では、同じことを「~ことができます」でやるとしたら、どうすればいいでしょうか。

例えば、泳げる人と、泳げない人の絵を用意して導入する、とします。
この場合、泳げる人の絵だけでは、「できる」という概念は読み取れませんね。泳げない人との対比があって初めて、こちらの人は「できる」、こちらの人は「できない」ということがわかります。

教 師: (泳げる人の絵を示しながら)〇〇さんは、、、
(泳げない人の絵を指しながら)△△さんは、、、

学習者: 〇〇さんは泳ぎます? △△さんは泳ぎません?

教 師: いいえ、、、〇〇さんは、、、

学習者
<心の声: ハ? 何ヲ言ワセタインダ? 〇〇サンハ水ガ好キ?△△サンハ水ガ怖イ? ソレトモ、、、>

〇〇さんは泳ぎます、上手です! △△さんは下手です!

おっとっと、こうなってしまうと、教師は次に打つ手が、、、同じたぐいの絵を見せたり、身振り手振り(?)を入れたりしても、同じことの繰り返しで、学習者は追い込まれない。学習者は、教師の意図がつかめず、当てずっぽうにあれこれ言うだけで、「できる」という概念にたどり着くのは、難しい。たどり着けたとしても、学習者が心の中で「できる」と言っているのかどうか、今度は教師の方が、判断できない。

ちょっと待った。だいたい導入って、最初に、絵を指し示しながら「泳ぐことができます」ってやるんじゃないの? って思った方、いますよね。はい。そういうやり方もありますね。
でも、そういうやり方をしたとしても、結局は同じこと。学習者は口では「泳ぐことができます」と言わされても、意味がとらえられなければ、心の中で「泳グコトニ得意ニナッテイル」なんて言っているかもしれない。意味を間違えたまま「ことができます」と繰り返し言わされるとしたら、、、うーん、結構危険だと思いませんか?

じゃ、どうすれば? 動詞を変える? とりあえず、「泳ぐ」はやめて「話す」にしたとして、、、でも、上のやり方じゃ、結果は同じですよね、、、学習者を言わざるを得ないところまで追い込むには、、、

教 師: 〇〇さん、スペイン語を話してください。

学習者: いいえ、私はスペイン語を話しません。

あれ? そうか、学習者の母語によっては、こういう言い方できちゃうんだった、、、だめか、、、
、、、ですね。ただ、相手ができないことを要求する、というアプローチをすると、学習者は<ソンナノデキナイヨ>というところに追い込まれる。
逆に、学習者に<ソンナノデキルヨ>って言わせるのって、結構大変じゃないでしょうか。

そうです。「できる」の項目で学習者を追い込みやすいのは、<デキマス>よりも<デキマセン!>。で、宿題1の答えが、最初に提示する形は「~ことができません」。

よし、アプローチはいいわけだから、問題は動詞ですね。
、、、と、ここで、今回は終了です。

さて、宿題2の答えは「食べる」でしょうか、「開ける」でしょうか。
答えは次回に。

今回も宿題を二つ。
宿題3 導入で扱いやすい他の初級動詞はどんなものがいいか。
宿題4 みんなの日本語18課では「辞書形」が初出だが、「辞書形」を導入・練習した後で「ことができます」に入るべきか、あるいは、両者同時に導入してもかまわないか。

ではまた次回。

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