特別連載 日本語教科書活用講座⑥ / 『新完全マスター漢字 日本語能力試験』 『新完全マスター漢字』を使う時の教師の役割 ‐漢字学習の固定観念を打ち払って‐

『新完全マスター漢字』を使う時の教師の役割 ‐漢字学習の固定観念を打ち払って‐


朝日国際学院 日本語教師 石井怜子


漢字学習の負担を軽く、そして楽しく学ぶために。


漢字の学習は、その多くの部分が学習者の自習にゆだねられがちで、たとえ漢字学習の時間があっても書き取りや読み方に終始し、漢字の時間になったとたんに教室の中が暗くなってしまう、ということはありませんか。著者の私たちも、同じ悩みを抱えていました。何とか楽しく勉強できないだろうか、少ない時間で効率的な学習ができないだろうか、と思案し、工夫を重ねる中で、このテキストは生まれました。

母語話者と学習者の漢字学習の違いを考えた時、日本人の子供は9年かけて常用漢字を学ぶのに、学習者はわずか2年足らずで一通りの漢字を学ばなければならない、という大変さだけでなく、日本人の子供はおおむね既知語の表記を学ぶのに対して、学習者は言葉の学習と表記の学習がほとんど同時に起こるという点が大きな違いです。

しかし同時に、日本人は中学卒業までに常用漢字表の表内字とその音訓を原則としてすべて身につけなければなりませんが、学習者は必ずしもそうではありません。教える側が、そのレベルに必要な漢字のしかも必要な音訓のみに範囲を限定し、それをしっかり身につけるように配慮すること、そして漢字を学習することは言葉を学習することだという姿勢で取り組むことで、漢字学習の負担は軽減され、単なる記号としての漢字学習からより意味のある漢字学習に変わっていくはずです。このテキストは、N2, N1ともにそのような配慮のもとに編集されています。

 

・教師の役割1 今まで目にしてきた漢字を思い出す。


N2では、どの回にも文を耳から聞いて漢字仮名交じり文でそれを書くという練習が入っています。最初は、中級レベルの学習者ならそれまでにいろいろなところで目にしてきた漢字とその言葉からできている文です。この練習では、わからなかったらすぐに正しい漢字を調べるのではなく、とにかく一生懸命思い出して、「似て非なるえせ漢字(?)」でもいいから書いてみてほしいのです。漢字といえば、少しでも間違っていたら×、濁音と清音の区別が間違っていたら×、というオール・オア・ナッシングの考え方でなく、脳の中にあるぼんやりとしたイメージを思い出してそれを書くという過程が大切だと考えています。それによって、思い出すというルートが脳の中に作られ、さらに間違ったら自分で直すことで正確な記憶になっていくと感じています。このやり方は自習では難しいので、ぜひとも教室で取り組んでください。ここでの教師の役目は、ちょっとでも間違ったらだめ、ではなく、多少間違いがあっても何とか思い出そうと励ますことです。

 

・教師の役割2 言葉の学習の一部としての漢字学習。


しかし、N2レベルの漢字とその言葉の中には、学習者が未習のものが結構あります。教科書や読解で遭遇する漢字(言葉も)は系統立っては出てこないので、それは無理からぬことですが、それらをほうっておくと、N1レベルに進んでからが大変です。そういう漢字と言葉は、付録の漢字リストで勉強するようになっています。ここでの教師の役目は、言葉の学習の一部としてそれらの漢字と表記を教えることです。

さて、N1レベルに進むと、言葉としても初めて見るし、漢字も初めて、言葉も抽象的だったり概念が難しくて理解しにくかったりというものががぜん多くなります。こうなると、漢字学習というよりも言葉の学習として取り組むべきです。ここでの教師の役割は、そうした言葉の意味理解の比重が大きくなります。

振り返って考えてみれば、言葉の意味がわからなくて、漢字だけ読めるというのは、あり得ないことで、言葉として意味を知っていればこそ、読みの定着も進むはずです。有難いことに、多くの学習者は、漢字の勉強は嫌いでも、言葉の勉強は喜んで取り組みます。

そういうわけで、N1では、まず言葉として漢字語を学習するように作ってあります。最初は訓読みの動詞から始まり、1ページに15個前後の動詞が載っていますが、一度に学習する必要はありません。私たちが1回に学習できる量はおのずと制限があるようで、1回に大量に学習しても、情報の洪水におぼれてしまうだけです。できれば毎日少しずつ学習すること、載っている例文だけでなく、余裕があれば他の例文を示したり、クラスによっては学習者に文を作ってもらったりして、その語をインプットしていくことを追求してください。



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