特別連載 日本語教科書活用講座⑱ /『みんなの日本語初級翻訳・文法解説』を使いこなすことが、教師の力量を高め、学習者の上達につながる 『みんなの日本語初級 翻訳・文法解説』を使いこなす -学習者の上達と教師の力量アップ-
国際日語教育学院 教務主任 神部秀夫
『みんなの日本語初級 第2版』の本冊が出版されるとともに、準拠の『みんなの日本語初級 第2版 翻訳・文法解説』(以下、『翻訳・文法解説』)』も改訂されました。また第2版では、ベトナム語版の『翻訳・文法解説』が出版されました。ここでは、『みんなの日本語初級』の『本冊』と『翻訳・文法解説』とをどのように使っていけばよいかについて述べていきます。その前に以前の スリーエーネットワーク日本語・外国語図書目録(2007年)で『翻訳・文法解説』について述べた内容を簡単に記しておきます。
●『翻訳・文法解説』は与えずに『本冊』だけを与えるという考え方がありますが、それはお薦めできません。『翻訳・文法解説』も持たせて学習した方がいいです。
主な理由は次の二つです。
①『本冊』だけでは自宅での学習が難しいからです。授業中の教師の板書をノートに書き写しておいたとしてもそれだけを基に文法の体系的な理解を学習者に望むのは現実的ではありません。
②日本語学校ではほとんどの学校がチームティーチングをしていると思いますが、教師間には力量の差があって学習者の既習語彙だけで文法を説明できる教師もいますが、そうではない教師もいます。それを補うのが『翻訳・文法解説』なのです。
●『翻訳・文法解説』を与えると学習に弊害があるのではないかと考える方がいますが、それは教師の力で防ぐことができますし、そうしなければなりません。
ポイントは「見てもいいとき」と「見てはいけないとき」のメリハリをきちんとつけることです。授業中に『翻訳・文法解説』を開いたまま、それを見てばかりいるから、教師の発話を聞いていない、集中していないという話をよく聞きます。しかし、その問題は教師が「授業中は『翻訳・文法解説』は閉じる」と指示をして、「もし見ていたら閉じさせる」ことを実践すればよいのです。与えることの弊害を心配するより、弊害をきちんと防ぎ、効果的な活用法を考えるほうが教師にも学習者にも有益なことです。
●『翻訳・文法解説』を持つことが学習の拠り所となります。
授業の中だけで全てを理解する学習者はいません。課題をしたり試験に備えて準備することが必要です。その際に『翻訳・文法解説』は自宅学習での拠り所となります。
本冊だけやノートがあっても自宅学習がスムーズにいかないのは先に述べた通りですが、昨今、ベトナム人学習者が大幅に増えていることを考えると、彼らの場合、ベトナム語の辞書や文法書などは、もともと種類が少ないですし、また古かったり、高価だったりして困ることが多いようです。またベトナム人留学生の先輩たちが少ない場合、分からなことがあったとき、すぐ先輩に聞けるわけでもありません。
そうした学習環境にあって『翻訳・文法解説』は日本語学習の拠り所として大きな役割を果たすことは間違いありません。
では改めて第2版の『本冊』と『翻訳・文法解説』についての効果的な使い方について述べていきます。
まず強く言っておきたいのは、『みんなの日本語』は、『本冊』それだけでなく、『翻訳・文法解説』、付属CD、『標準問題集』、『絵教材』なども含めて互いに関連し合ったものを組み合わせて成り立っているということです。つまりそれぞれの教材を単独なものとして扱うのではなく、それぞれがどう結び付いているのかをよく考えた上で授業に臨むことが必要です。ここでは本冊と翻訳文法書との関連について、二つの本をそれぞれ読み込んでおくことがいかに大切かについて「文型の持つ機能」という点からお話しします。
例として『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版』の14課の「~ています」について考えましょう。
14課の「~ています」は、「カリナさんはコーヒーを飲んでいます」「サントスさんは本を読んでいます」などの、いわゆる現在進行形です。教師は授業で実際に飲んだり読んだりする様子を見せたり、学習者にさせるなどして導入することが多いと思います。そしてこの「現在進行形」の概念や意味を学習者が理解することは易しいといえるでしょう。
しかしちょっと考えてみてください。実際の会話の中で話し手と聞き手の目の前にいる人を指して「あの人は何をしていますか」「ご飯を食べています」という会話をするでしょうか。しません。なぜならそんなQ&Aをしなくても両者の目の前にいて分っていることだからです。では実際に「~ています」という文型を使うのは、どんな場面で、どういう会話になるでしょうか。実はそれを考えることが「~ています」の「機能」を考えることです。次の会話を見てください。
①
佐藤さんは どこですか
…今 会議室で松本さんと 話しています。
じゃ、また あとで 来ます。
この会話を読んでお分かりのように「~ています」の「機能」は、話し手と聞き手の目の前にいない第三者の行動について描写することといえます。次の例も同様です。
②
A:さあ、行きましょう。
あれ? ミラーさんが いませんね。
B:あちらで 写真を 撮っています。
A:すみませんが、呼んでください。
実は①は14課の「例文 5」で、②は14課の「練習C 3」です。
14課で「~ています」を教えるときの到達目標の一つはこの会話といえます。
「練習B 7」のような単純に人の動作を描写する練習も大切ですが、さらにその上でこの「例文 5」や「練習C 3」の会話まで導くことが必要となります。
では『翻訳・文法解説』には、こうした説明などがあるでしょうか。実はありません。「~ています」の文法について各国語による翻訳が書いてありますが、実際のどんな場面で使うかまでは、各課の文法項目にもよりますが、詳しくは書いてありません。それなら『翻訳・文法解説』など不要ではないかと言われるかもしれませんが、そうではありません。文法の核となる部分の説明は翻訳でしたほうが明確になりますし、それを教材として持つことが学習者の拠り所となることは先に述べた通りです。
ただし今述べたたように『翻訳・文法解説』は必要ですが、それだけで学習者の上達は難しいです。そこを担うのが教師の役割です。
教師は各課を教えるにあたって『翻訳・文法解説』にはその文法項目がどのように取り上げられているかを見ておかなければなりません。翻訳版がどういう説明をしているかをチェックするのが目的ではありません。そんなことは何カ国語にも精通した人間でなければできません。大切なのは、本冊の各課の文型や文法が『翻訳・文法解説』でどれくらい取り上げられているかを把握することです。
また本冊の「例文」「会話」「練習C」など、該当項目の「機能」がどのように具体的な場面や会話で表現されているかをよく分析してください。
たとえば「~ています」の「機能」は「目の前にいない人の行為を描写する」ことだけでしょうか。次の会話を見てください。
③
この 辞書を 借りても いいですか。
……すみません、ちょっと……。今 使っています。
お分かりのように、この「使っています」の「~ています」の機能は「断り」です。
そして③は14課ではなく15課の「例文 2」です。15課での「~ています」は「カメラを持っています」「大阪に住んでいます」など、状態性や習慣を表すものです。しかし、上記の③はいわゆる現在進行形の「~ています」であり、「断り」の機能を持っています。少し混乱してきたかもしれませんが、何が言いたいのかというと、文法の持つ「機能」に常に着目しておかなければならないということと、各課の「例文」を注意してよく見ておかなければならないということです。
皆さんの中で各課の「例文」について、どれくらい注目して読んでいるでしょうか。なぜなら「例文」とは、その課の「文型」や「文法」が実際のどのような場面、会話で使われるか、すなわち「機能」を表した大変質の高いモデル会話だからです。そのモデル会話を活用することが教科書をうまく使うことだといってよいです。
『翻訳・文法解説』には「例文」の翻訳がありますが、それはただの翻訳です。学習者はその機能にまでは気が付きません。ましてや教師が授業で取り上げなければ学習者も注目することはないでしょう。
私は授業で必ず「例文」を取り上げます。音読させて意味を考えさせ、「例文」に基づいて会話練習をしたりします。ぜひそうしていただきたいと思います。そうすれば自宅での復習の際、『翻訳・文法解説』の「例文」の翻訳を読むことが定着に確実につながります。
最後にまとめて述べます。
●『翻訳・文法解説』は『本冊』などの教材と相互的に関連した一つの教材として必要なもの。自宅学習の拠り所としての役割は大きい。特に文型や文法の理解の助けには大いになる。
●しかし、「機能」を考える上では『翻訳・文法解説』だけでは十分でない。
●『本冊』の「例文」「練習C」「会話」のモデル会話をよく吟味して「機能」を踏まえた上での実際的な運用練習が必要となる。それが教師の役割。
以上、『みんなの日本語初級』の『本冊』、『翻訳・文法解説』との関連と効果的な使い方を述べましたが、CDや『絵教材』、『標準問題集』などと合わせて、より学習者に効果的にはたらくやり方をそれぞれお考えいただきたいと思います。