特別連載 日本語教科書活用講座21 /『みんなの日本語初級Ⅰ』-日本語が話されている状況をイメージするため教室でやりとりをする 日本語が話されている状況をイメージするため教室でやりとりをする

講師 木戸恵子 目白大学留学生別科 非常勤講師


1 『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』の多様な日本語表現
『みんなの日本語初級Ⅰ・Ⅱ』が対象としている学習者は社会人、学生など様々です。この教科書の登場人物の設定も、ミラーさんは会社員、マリア・サントスさんは主婦、カリナさんは学生とバラエティーに富んでいます。そして、教科書では登場人物の生活場面を想定し、様々な場面で使われる幅広い日本語表現を目にする(耳にする?)ことができます。


2 例文・練習問題を見てみると…。
 教科書では様々な日本語表現が紹介されていますが、実際の例文や練習問題は短いものが多く、シンプルな表現です。
『みんなの日本語初級Ⅰ』第15課の例文を見てみましょう。


例文
1 この カタログを もらっても いいですか。
   …… ええ、いいですよ。どうぞ。
2 この辞書を 借りても いいですか。
   …… すみません、ちょっと……。今、使って いますから。

『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版 本冊』126ページ




「だれが、「どこで」、この日本語を話しているのでしょうか?また、答えている人は「だれ」でしょうか?日本語母語話者やある程度日本語を勉強している人だったら、この短い質問と答えを読んで、「だれが」、「どこで」、「だれに」話しているのかをイメージすることができます。上記の二つの例では、どうして質問をしたのか、その理由についてもイメージが広がるのではないでしょうか。逆にイメージが広がりにくい文もあります。つまり、教科書の例文や練習問題は場面に依存していることが多いのです。簡単な日本語でも、初級学習者にとっては状況をイメージするのが難しい場合もあります。


3 「やりとり」でそれぞれの文の状況を確認
 筆者は、この「だれが」、「どこで」、「だれに」、「どうして」話しているのかということをイメージできるように導くことが学習項目の定着や実際の生活場面での運用の促進に繋がるのではないかと思っています。そこで、筆者の日本語授業では学習者に状況確認の質問をし、学習者との「やりとり」を通して、例文や練習問題の日本語が話される状況をイメージするように心掛けています。


4 「やりとり」の効用、目的
 状況確認のやりとりの目的は三つです。
① 日本語が使われる状況を明確にイメージすることにより、学習項目の内容や運用についての理解を深める。
② 教師が説明するのではなく学習者に質問する形式を採ると、学習者が答えを考え、日本語を話さす機会が増える。
③ 練習の前に教師と学習者が状況をイメージすることにより、学習者は言いたいことや言うべきことがはっきりし、練習がしやすくなる。


5 「やりとり」の具体例 
 それでは、授業でどんな「やりとり」をしているか、第15課文型1「~てもいいですか」を例に挙げて、ご紹介しましょう。

1) 例文を紹介する時の「やりとり」

例文
1 この カタログを もらっても いいですか。
  …… ええ、いいですよ。どうぞ。

『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版 本冊』126ページ



T→教師 S→学習者
S: 「この カタログを もらっても いいですか。」
例文を読んで確認
T: どこで 話していますか。
S1: 旅行会社で話しています。
S2: 電気屋で話しています。
T : 旅行会社…、電気屋…、そうですね…。じゃ、電気屋で話しています。
(↑教師が決めます)。
誰が誰と話していますか。
S2: お客さん(わたし)が電気屋の人と話しています。
T : どうして?
S1: 新しい携帯電話が買いたいですから。新しい携帯電話がたくさんあります。
    でも、わたしはよくわかりません。新しい携帯電話を知りたいです。
状況をイメージ



と、いった感じです。教科書に掲載されている練習Bについても、同じように状況を確認した方がいい場合があるでしょう。筆者は留学生に日本語を教えていますが、練習問題の内容が留学生にはなかなか馴染みがない日常生活を切り取っている場合、上記のようなやりとりをして、練習問題のような文が話されている状況を確認することがあります。


2) 練習Bの追加問題をする時の「やりとり」
 練習Aと練習Bは文の形を覚えるための練習問題です。具体的に言うと、15課の文型1の場合、教科書に掲載されている練習Aの1、2番、練習Bの1番~3番が文型1(「てはいけません」も含め)の練習問題が文型1に該当し、これらの練習をした後に、学習者が自分で話す内容を考えて文を作る練習を追加します。その際、教科書にはない状況(場面)を設定して、その状況に合わせて、学習者に文をいくつか考えてもらうことがあります。そのような練習問題では、まず、学習者と教師の間でその状況(場面)を共有するために、「やりとり」をします。それから、文を発表してもらいます。


以下は、第15課文型1「~てもいいですか」の追加の練習問題例です。この練習問題は教科書にはありません。


「            てもいいですか。」


T : 友だち(先輩)と山へ行きました。朝、山へ来ました。
朝何時に来ましたか。
S1: 8時に来ました。
T : ここまで4時間かかりました。今は何時ですか?
S2: 今…、12時ごろです。
T : 天気はどうですか。
S1: とても暑いです。
T : 今、とても良い天気です。でも、午後は雨が降ります。
   皆さん、元気ですか?大丈夫ですか。
S3: いいえ、あまり…。疲れました。
T : 友達に聞きます。
   疲れました…、疲れましたから…。


S1: 疲れましたから、 ちょっと休んでもいいですか    
S2: おなかがすきましたから、  何か食べてもいいですか
S3: のどがかわきましたから、  水を飲んでもいいですか 
学習者の発表
T:  あ、雨が…(雨が降ってきた素振りをする)。友達は話します…。
状況をイメージ
S1: 雨ですから、  急いでもいいですか        
学習者の発表



このような学習者との状況確認(場面設定)の「やりとり」を取り入れた練習はイメージトレーニングと言ってもいいかもしれません。教室の中で「やりとり」を通して学習者が状況(場面)を把握し、最適な表現を考えて口に出す練習をします。そして、教室の外で似たような状況に置かれたときに、練習を思い出し、日本語で上手に言いたいことが言えるようになったらいいですね。

また、学習者の生活背景は様々です。練習は相対している学習者がわかりやすく、イメージしやすい場面、状況にしましょう。

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