特別連載 日本語教科書活用講座25 / 『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級』を使った地域の日本語教室 『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』を使った地域のにほんご教室

にほんごの会企業組合 日本語講師 宿谷和子



はじめに
『いっぽ にほんご さんぽ 暮らしのにほんご教室 初級1』は、地域の日本語教室のゼロスタートの学習者と支援者のための本です。週1,2回、1回の学習時間が1時間半から2時間という教室の条件に合わせてコンパクトに、そして楽しく学習できるように作りました。



課の進め方 8課を例に
地域の日本語教室にはクラスレッスン、グループレッスン、1対1といろいろな教室形態がありますが、ここでは8課を例に、クラス・グループでのやり方をご紹介します。
この日は6人のクラスでした。わたしたちの教室では、ひとつの課を大体1回(1時間50分くらい)で進めています。教室にはホワイトボードもあります。
8課は「行きます」「来ます」「帰ります」の移動動詞の学習です。行き先には助詞「へ」を、また交通手段の乗り物には「で」をつけることも合わせて学習します。また時間の長さ(~分、~時間など)も勉強することで、日頃よく行く場所について、何で行くか、どのくらいかかるかなど、いろいろ話すことができます。


○用意するもの
「いきます」「きます」「かえります」の絵カード(教科書付属のCD-ROMに収録されています)、文字カード、場所の絵カード(うち(家)、レストラン、銀行、スーパーなど)その他、住んでいる地域の地図など。


○導入
教室の中に「わたし(支援者)のうち」「レストラン(などの場所)」を設定して、「レストランへ行きます」「うちへ帰ります」と言いながら、移動してみせます。「来ます」は、学習者を手招きして支援者の家へ来てもらい、「○○さんはわたしのうちへ来ました」と言います。


○説明
改めて、絵カードと文字カードで「行きます・来ます・帰ります」を示します。
ときどき、「行きます」と「来ます」で混乱する学習者の中には、支援者の発音がよく聞き取れずに、両方「kimasu」と聞こえている場合があります。「いきます」「きます」の文字カードで区別を確認するといいでしょう。
また移動の矢印だけに注目して「行きます」「帰ります」で混乱する学習者もいます。
「帰ります」の目的地が自分の家であることを確認しましょう。





ホワイトボードに、いきます きます かえります の文字カードを並べて貼り、そこに 場所と助詞「へ」を書き加えて、「場所+方向を示す助詞+移動動詞」の文の構造を視覚的にわかるようにします。場所は絵カードでも文字でもいいでしょう。
助詞「へ」は、カードを使ったり、マーカーの色を変えたりして目立つようにしましょう。課が進むにつれていろいろな助詞を学習するようになるので、この段階から動詞と助詞の組み合わせや、その助詞が持つ意味や機能について、意識を向けるようにすることが大切です。

レストラン  いきます
ここ  きます
うち  かえります




○基本練習
語彙や文型定着のためには基本練習はとても大切ですが、ともすれば退屈になりがちです。どうしたら楽しくできるでしょうか。

工夫① チョイス(答えたいことを、自分で選ぶ)
「うち」「レストラン」「銀行」「スーパー」「日本語教室」「日本」などいろいろな移動先の場所(絵カードでも文字カードでもよい)を用意して、ホワイトボードに貼ります。学習者は自分で場所を選んで文を作ります。自分で選んで文を作ることで、学習者が主体になります。また、「来ます」には、今いる場所である「日本語教室」や「日本」などの語彙も入れると、さらに学習が広がります。

工夫② 例文から学習者自身の文へ
文型を使ってQ&Aの練習をしたいと思っても、ぎこちないやり取りで、却って尋問しているようになってしまうことはありませんか。そんなとき、例文をいっしょに読んだ後で、さりげなく同じ質問を学習者に振ってみるとうまくいきます。
(学習者といっしょに例文を読む)きのう どこへ いきましたか。
-どこも いきませんでした。
支援者:○○さんは? きのう どこへ 行きましたか。
学習者:うーん、Park・・・(支援者:ああ、公園・・公園へ行きました)


○コミュニカティブな練習や活動
「はなしましょう」「かつどう」などはコミュニカティブな練習です。ここでは学習者が話したい気持ちを大切に、発話を引き出してあげましょう。学習者が実際によく行く場所について話してもらうと、学習者の生活がよく見えてきます。そうすると話題も広がり、生きた日本語学習になります。学習者から発話を引き出すにはどうすればいいでしょうか。

工夫① モノを使う。
住んでいる場所の地図などを広げて、お互いに知っている場所をさがしたり、コンビニやなじみのスーパーの看板などを見せたりすると、楽しくできます。まず支援者がよく買い物に行く店などで「わたしは ○○へ行きます」などと話すと、学習者も話しやすくなります。おしゃべりが乗ってくると、学習者から「児童館」「(配偶者の)お母さんのうち」や特定の地名など出てくることもよくあり、また語彙も広がります。



教科書 P60 より



工夫② 学習者がよく行く場所について、書いて話す。
移動手段や所要時間の学習のあとに、下のような絵を使ってよく行く場所を書きこんでもらってから、話す活動があります。口頭だけで話すより、もっと具体的に話しやすくなるようです。その下は、ある若い韓国人の男性が書いてくれたものですが、右上の書き込みには「新宿―新大久保」とあり、彼が夜中に新大久保の焼肉屋さんでアルバイトをしていること、その店や仕事のことなどいろいろ話してくれました。



教科書 P61 より





学習者が書き込んだ実際の図




○会話の留意点
学習者の中には、母語の影響で「行きます」「来ます」の使い方を間違えることがよくあります。8課の会話では、マリオさんのいる場所を確認しながら、音声を聞いたり、練習したりするといいでしょう。実際に携帯電話を片手に持って、移動しながら「今から行きます」「今、来ました」と練習するのも楽しくできます。



教科書 P62 より



またCDには、各課の会話と同じ内容の「ともだちかいわ」も収録されています。地域の日本語教室には、家族や親しい友人を通してくだけた普通体の会話をよく耳にする学習者も多いので、教科書で学習する丁寧体と聞き比べるのもいいでしょう。






文字学習について
日本語学校では文字学習はスタートするときに必須の学習項目ですが、地域の日本語教室では限られた時間でどうするか、悩ましい問題です。
この本の最後の方(170ページから193ページ)には、ひらがな、カタカナが学べる「文字学習」のページがあります。課と連動して、1回10個ずつのひらがなやカタカナが学習できるようになっています。毎回10分程度なら、負担も少ないでしょう。10課まではひらがなにローマ字ルビがふってありますが、11課からはローマ字ルビがはずしてあります。支援者はここで学習者がめげないように励ましながら、例文などを読むように促しましょう。この本が終わるころには、学習者はきちんと読めるようになります。


最後に
この本は文型積み上げ型の教科書ですが、目指す目標はコミュニケーションです。文型を道具に例えるなら、学習者が獲得した道具を使って、自分のことや自分の生活について話したり、支援者も含めた教室の仲間と楽しくおしゃべりしたりすることが、ゴールです。
学習者がたくさん話せる楽しい教室を目指して、学習支援をしてみませんか。

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