特別連載 日本語教科書活用講座37 / 『みがけ!コミュニケーションスキル 中上級学習者のためのブラッシュアップ日本語会話』 「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになる」授業づくり
ユニタス日本語学校東京校 教務 加須屋 希
〇会話学習の目標
「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになる」
当校では、四技能をバランスよく授業に取り入れられるようにカリキュラムを組んでいますが、「話す」についてはなかなか理想的なカリキュラムを組めず試行錯誤してきました。
学習者は中級の後半(N2レベル前後)になると、使える語彙や文法も増えてきますが、いざ会話をしてみると、思うように意志が伝えられなかったり自然な表現ができなかったりと、ジレンマを感じるようです。
実際に彼らからも「アルバイト先で日本人と話すと、自分だけ丁寧すぎる言葉を使っていて変な顔をされてしまう」といった話も聞こえてきます。
現段階ではもとより彼らの日本での将来を考えると、早いうちから実践的な会話力を身につけることが重要であると感じていました。
当校では初級と中級前期では『みんなの日本語初級』『〃中級Ⅰ』を使い、その次のレベルでは『中級を学ぼう 日本語の表現と文型82 中級中期』(以降『中級を学ぼう 中級中期』)を使っています。
『中級を学ぼう 中級中期』は語彙、読み物の内容の親しみやすさ、また文法練習の中には、聴解、短作文など幅の広さもあり採用しています。
ただ、会話練習に関しての練習が少ないため、並行して『みがけ!コミュニケーションスキル 中上級学習者のためのブラッシュアップ日本語会話』(以降『ブラッシュアップ日本語会話』)を使用することにしました。
今までもいくつかの会話教材を使用していましたが、『ブラッシュアップ日本語会話』に出てくる場面や語彙などは、進学や就職、また学校のこと、アルバイトの場面など当校の学習者に合っているものが多く、場面をイメージしやすかったり、実際に使う可能性が高い会話文が多いと感じました。
またこのテキストは決まったフレーズを練習するだけでなく、状況に合わせた会話表現の練習ができると感じました。そして、このテキストを使った学習の目標を「場面や相手に合わせたコミュニケーションができるようになること」としました。
〇どのような学習者に、どのくらいの時間を使うか
この授業の学習者は主に初級から中級前期が終わりN2取得を目指すレベルです。
メインテキストの『中級を学ぼう 中級中期』と並行して、6ヶ月間この教材を使用します。
1クラスは13~17人程度で、国籍は中国、韓国、ベトナム、ネパール、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、ロシア、モンゴルなど様々です。
メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』に2コマ(45分×2コマ)、JLPTなどの試験対策を2コマの計4コマを1日の授業スケジュールとしています。
会話練習はメインテキストの授業内で行います。
メインテキストの1課が終わるごとに、『ブラッシュアップ日本語会話』を使った会話練習、またはアカデミックスキルを身に付けるための聴解練習の授業を行っています。
スケジュールの大まかな流れ:
1.メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』1課 | 約75分×6日 |
2.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション1 | 約75分×1日 |
3.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション2 | 約75分×1日 |
4.会話練習『ブラッシュアップ日本語会話』ユニット1セクション3 | 約75分×1日 |
5.メインテキスト『中級を学ぼう 中級中期』2課 | 約75分×6日 |
6.聴解練習(アカデミックスキル) | 約75分×1日 |
以下1~6繰り返し | |
※7.会話復習を90分程度。学期末の復習として、3ヶ月ごとに学んだ会話表現をもう一度思い出す復習を行います。カリキュラムの都合上、6ヶ月間でとり上げるユニット数は4~5となります。 |
〇テキストの使い方
ユニット5の「 申し出をする」の授業を例にして
各ユニット内のセクションは1~3まであり、それぞれ「聞いてみよう」「くわしく学ぼう」「話してみよう」で構成されています。
授業は概ねテキストの順番通りに進めます。この教科書活用講座ではユニット5を例に授業の例とクラスの様子をお伝えします。ユニット5では「申し出」とその受け方の表現について、場面に合った表現の選択、ストラテジーなどについて練習します。
ユニット5
【セクション1「申し出をする」】
授業の流れは
「導入→聞いてみよう→くわしく学ぼう(表現)1→くわしく学ぼう(ストラテジー)→まとめの練習→話してみよう」
となります。
後半の「申し出に答える」についても同じ流れで授業をすすめ、セクション3では総合練習を行います。
①導入(5分)
申し出をするのはどんな場面なのかを話し合う。
「申し出」という言葉のニュアンスが分かりづらい場合は「電車で座っている時に目の前にお年寄りがいたらどうするか」といった例を紹介する。
また、家族や友人など近しい間柄に申し出をするのはどんな場面かを話し合う。
クラスの様子:
「困っている相手を助ける」感覚は国籍や地域によって異なり、様々な意見が飛び出します。
また、電車で席を譲る話題になると「日本の電車では若い人が寝たふりをしてお年寄りに席を譲らない場面を何度も見かけた」という話や「お年寄りだと思って席を譲ったら怒られたことがある」など話題が広がることもあります。
家族や友人などに申し出をする場合に「どの程度まで助けが必要か」といった話題に発展することもあり、ここでは「お節介」「押しつけがましい」などといったキーワードの意味を確認しておくと後の表現練習に役立ちます。
②聞いてみよう(5分)CDの会話場面を聞く
初めてテキストを使用する場合は、「聞いてみよう」の表①のアイコン(上下関係、親疎関係)について確認を行う。
表①(本文p.73)
はじめに上下関係に注意しながら会話を聞き、内容を理解する。この段階ではスクリプトは見せずに、場面や内容をつかみ取らせ、表①に書きこみ、申し出の表現を適切に選択できているかを確認する。 再度会話を聞き、申し出に使われている表現を表②に書き込み、全体で答えを確認する。 | (画像クリックで拡大) |
表②(本文p.73)
クラスの様子:
ここではCDを聴き、表①の「相手が申し出を必要としていると知っていましたか」について、申し出の必要度を読み取るのに苦労する学生もいます。
特に短い会話の中で、申し出とわかるような表現が出てこない場合は、会話場面をイメージすることが重要になってきます。
③くわしく学ぼう 1.申し出をする表現(30~35分)
初めてテキストを使用する場合は「直接的・間接的」という言葉の意味を、会話の中で使われる表現の具体的な使用場面などで紹介、意味確認をする。 その上で「何かをしてあげる表現」「物を勧める表現」それぞれの、枠内の間接的・直接的表現について、それぞれ例文を提示し、テキストの解説部分は直接読まずに、例文を用いて解説をしながら枠内の表現をどのように使うかを教える。 |
セクション1の「練習」で提示されている場面をもとに、それぞれの場面に合った表現を各自で考え発表させる。
時間に余裕がある場合は、ペアで前後の会話についても考えさせ発表させる。
練習(本文p.79)
クラスの様子:
間接的表現については、会話表現のみならず日本人の会話に多く見られる特有の表現でもありますので、学習者にとっては理解するのに時間がかかる学習者もいます。
また、敬語表現の使い分けが申し出表現の違いに繋がるため、非常に重要になります。
クラスによっては敬語表現の形、意味などの再確認をしなければならず、大幅に時間が取られることもあります。
④くわしく学ぼう 2.申し出をする表現とともに使われるストラテジー(20分)
ストラテジー別に表現例を使って会話場面、フレーズを紹介する。
ここでも解説部分は読むだけでは理解しづらいため、会話例を紹介することで解説部分の内容を確認させる。
ストラテジー別の表現例(本文p.79)
クラスの様子:
ここでは申し出の押しつけの程度や、申し出を受けた側の負担を考慮した表現など、実際の生活で使用する際に最も重要な表現の使い分けがストラテジー別に紹介されています。
単に会話フレーズを覚えるだけでなく、実際に使える会話表現を身につけるためには、ここでの学習が最も重要なのではないかと感じます。
「くわしく学ぼう」では、会話で使う表現を初級、中級前期の既習表現で済ませることなく、より細かなニュアンスを伝える表現を使えるようになるための意識付けにもなっています。
その他、日本人に好まれない押しつけがましい表現や、相手に気をつかわせてしまうような表現など、「使わない方がよい表現」についても紹介します。
⑤まとめの練習(15分)
テキストに提示されている場面を読んで、申し出の表現とストラテジーを考えて、「申し出」の練習をする。ペアを組み、会話を組み立てて発表をさせる。
場面についての解説が必要であれば、練習を始める前に簡単に説明をする。
会話を組み立てる際は
・相手が申し出を必要としているかどうかを考える
・必要としている場合はどんなタイミングで申し出をするかに気をつける
・ストラテジーを組み合わせながら、「直接的・間接的」が伝わる申し出をする
・二人の関係を明確にして、会話表現(敬語表現など)に気をつけるといった点を注意しながら練習をさせる。
申し出を受ける側の表現についてはまだ学習していないため「お礼を言う」程度に留める。
クラスの様子:
短い問題文をもとに長い会話を組み立てたり、予想外の申し出をしたりと、会話を組み立てることについてはそれほど苦労する学生はいないようです。
しかし、いくつもある申し出の表現の中からどれを選ぶかについては相応しいものが選べないことが多く、練習中や発表時に相応しい表現に修正する必要があります。
学習者が作った練習でのやり取りの例:
セクション1の「まとめの練習」の段階では、ほとんどの学習者がシナリオなしで場面でのやり取りを展開します。
まとめの練習(本文p.81)
初級期から日本語の表現を場面の中で使う練習をしていることも抵抗の無さの理由のひとつです。
中級後期のレベルでは、場面に合ったより適切な表現を選択し、より正しく使うことが目標になります。
・あなたの後輩が、道でコンタクトレンズを落としてしまいました。あなたは探すのを手伝うことを申し出ます。
学習者1: | あ! |
学習者2: | え、どうしたんですか?(※1) |
学習者1: | コンタクトが落ちてしまいました。あのコンタクト1万円もしたのに・・・・ |
学習者2: | えー、大変ですね。 |
学習者1: | あー! 困ったなぁ。 |
学習者2: | 一緒に探してあげようか。(※2) |
学習者1: | ありがとうございます。 |
ここは練習なので、修正が必要な部分は指摘します。修正する部分は以下になります。
※1:先輩が後輩に話しかけているので、(親しいと仮定して)敬語ではなく普通体のほうが良い。
※2:目の前で相手が困っている場合、直接的な申し出表現を使うことが多いので「探してあげるよ」などがよく使われる。
⑥話してみよう(15分)
1.「くわしく学ぼう」で提示されている短い会話例をペアになって練習する。
上下関係、親疎、必要度などを意識させる。
短い会話例(本文p.074)
2.「話してみよう」の①の表を見ながら、申し出の内容を考えさせる。
その後、ペアで申し出をする表現を用いて会話を完成させる。練習をし、クラスの中で発表をさせる。
話してみよう①(本文p.81)
このパートについては、カリキュラム上時間が足りず、あまり時間をかけられないのが現状です。
【セクション2「申し出に答える」(75分)】
セクション1の流れと同様に進めます。
今度は逆の立場となり「申し出を受け入れる」「申し出を断る」「すぐには答えられない」ときの練習をします。
「申し出を断るとき「すぐには答えられないとき」などは国によって感覚が異なることもあり、「せっかく申し出をしてくれたのに断るのは失礼じゃありませんか?」といった質問が出ることもあります。
断りの表現を今までに教わってこなかったので、使い慣れていない、といった学生もいます。
そのため、ここではストラテジーごとに詳しい場面や例をあげながら進めていきます。
【セクション3「総合練習」】
①聞いてみよう(30分)
CDの会話を聞き、話者が「どのような申し出」をしていたかなど、テキストの質問に答える。答えを確認した後、スクリプトを見ながらもう一度会話を聞く。
スクリプトの中で、どの部分が「申し出をする」「申し出に答える」表現にあたるのかを確認させる。
次に1フレーズずつ教師が読み、学生にくり返させて発音やイントネーションを確認をした後、ペアになってスムーズに話せるよう練習をさせる。
クラスの様子:
CDの音声はテンポが速く、日本人が自然に使う呼びかけや感嘆表現などが多く入っていますが、大意を汲み取ることはそれほど難しくないようです。
会話練習の際は感嘆表現や語尾などを特に気をつけさせて、自然な会話ができるように練習をさせます。
②話してみよう(45分)
各ユニットに準備されたロールカードをもとにロールプレイをする。
ペアを組ませAとBそれぞれのロールカードを確認し、会話をさせる。一度会話をした後で、必要なストラテジーを加えたりしながら会話を完成させ、練習を行い、最後にクラス内で発表する。
発表の際に、発表を聞いている学生には良いと思った表現のメモを取らせる。
クラスの様子:
場面や状況などは指定されていますが、更に細かい設定などを追加して会話を作る学習者が多く、同じ状況でも学習者によって様々な会話が生まれます。
文法や表現についてはペア同士でアドバイスをしたり、一緒に考えながら修正をしていく場面が多く見受けられます。
基本的に教師は会話を作る段階では口を出さず、質問があればアドバイスをする程度に留めます。表現や文法的な修正は発表の最後に行います。
〇ロールプレイを用いた会話テスト
ユニットの最後のロールプレイと同等のものを学期末に会話テストとして実施します。
全く同じではなく、立場や場面などは変えています。
公平に採点をするため、会話の相手役は教師が行います。
テスト開始時に「申し出をする側」「申し出をされる側」のどちらの立場で会話をするのかを指定し、役割や状況が書かれたロールカードを提示します。
会話の採点項目は「文法」「発音」「流暢さ」「談話構成力」「コミュニケーション能力」の5つを設けて採点を行います。
〇実際にテキストを使ってみて
学習者にとっては、場面や相手によって使い分けが異なる表現を細かく学んだり、もともと苦手としている敬語表現が出てきたりと、難しく感じる部分も多いかと思います。
テキストの解説だけではなかなかイメージが掴めないため、教師はそれぞれについて場面や会話例を多数紹介する必要があります。
なるべく学習者同士の会話の練習に時間を割きたいと思っていますが、教師が解説する時間もそれなりに必要です。
さらに学生が飽きないようにするための工夫も必要になってきます。
このテキストではペアで練習することが多く、学生同士で考え、アドバイスをしながら練習することで自発的に会話をしようというモチベーションを上げやすいと感じます。
ご紹介した授業について、学習者は会話場面を考えたり、発表したりすることについてはあまり抵抗を感じていない様子ですが、初級から中級前期でも4技能をバランスよく、また口頭コミュニケーション能力を上げる工夫を行っており、この授業の成果はその積み重ねによるところもあると思います。
また、言葉の表現だけではなく、日本人特有の人との距離感や相手の気持ちを察する感覚についても多く触れることができます。
学生が日ごろから疑問に思っている日本人の考え方などについては、一生懸命耳を傾ける学生も多く、彼らの今後の生活の中でも臆せずに日本人と会話ができるきっかけになるのではないかと思っています。
学習者からは今まであまり教わってこなかった「日本人が実際に使う表現」や「使わない方がいい表現」について学ぶことができ、ためになったという感想が多く出ました。
実際に学習者同士や教師との実際のやりとりもスムーズにできるようになっているように感じていますし、学習者自身もアルバイト先などで日本人とうまく会話できるようになったと実感しているようです。
定型文を丸暗記して使うのではなく、型が決まっていない会話を練習することで、会話力が身につくのではないでしょうか。